第11回広島がんセミナー県民公開講座

「21世紀におけるがんの予防と克服」

平成13年10月27日(土)

がん予防の最前線:アジア・大平洋地域での展開

愛知県がんセンター研究所疫学・予防部 部長
田島 和雄

はじめに
 日本の厚生労働省は、数年前からがんを生活習慣病と定め、食・嗜好習慣などの変 化に伴って罹患率や死亡率も大きく変動するという考え方を広く国民に訴えてきた。 日本の国民栄養調査によると過去40年間に日本人の食生活は欧米型への変動傾向を示 しており、それに伴って日本人のがん罹患分布は徐々に欧米型に傾きつつある。この ような現状に鑑み、日本を含むアジア・大平洋地域のがん予防をめざした王道として の生活習慣五項目を見直してみたい。
1)防煙、分煙、禁煙、さらに節酒はがん予防の先鋒
 タバコの煙には多くの発がん物質が見つかっているので喫煙者は禁煙が大切で、他 人への影響を思いやる分煙も重要である。また、未成年者が喫煙習慣を身に付けない ように防煙対策を推進すべきである。一般に喫煙者の多くは食事の時にも刺激物を好 み、食事の間にはコーヒーをすすり、夜はアルコールを求める。また、タバコ中のニ コチンは依存性があるので習慣性になるとニコチンの禁断症状を克服することも難し い。仲間をつくって互いに励まし合いながら禁煙すると効果的である。一方、適度の 酒は食生活にゆとりをもたらし、飲み方によっては百薬となる。しかし、口腔がんや 食道がんは飲酒習慣と強く関係しており、特に濃度の強い酒は危険度を高める。
2)低塩分メニューで日本人に多い胃がんの予防

 米飯を中心とした日本食は塩分摂取が多くなりがちである。高濃度の塩分摂取は胃 がんの発病を促進するので、塩からい食べ物を好む人は少し嗜好を変え、塩分の一日 平均摂取量を10グラム以下まで控えるように努力するとよい。日本では、かつて塩分 摂取量の多かった北陸・東北地方で胃がんの死亡率が高く、逆に塩分摂取量がアメリ カ人なみに低い沖縄県(8グラム/日)では半減する。日本だけでなく、世界でも同 様な傾向が見られ、胃がんの多い隣国の中国や韓国など東北アジア地域、中南米諸 国、東欧諸国などでは塩分の平均摂取量が多い。これまでの疫学研究においても塩分 摂取の過剰や塩分嗜好は世界の胃がんの危険度を高めている。
3)多種類の食品を少量ずつ取るバランス感覚はがん予防にも重要

 バランス感覚は、人間が社会集団の中で生きていくために最も重要な生活技術と考 える。健康維持のための食習慣としては、できるだけ多くの種類の食品をバランスよ くとることが重要である。厚生労働省は毎日30品目の食品を取るように推奨している が、多品目摂取による豊かな食生活は、単一食品の悪い影響を希釈し、発がん物質な どを中和する働きもある。一般に中高年になると体の動きや脳の働きも自然に硬化し て来るので、気力のもとになる健全な脳の活動を維持するためには、ひとつの事にこ だわらず、気分や発想の転換を図る努力が重要である。そうすればストレスを少しず つ回避でき、最終的に免疫力を高めながらがんの危険度も低下していく。
4)緑黄赤色の野菜や果物はがん予防の健康信号

 緑黄色野菜や果物、海草類に多く含まれるビタミン類やミネラル類は健康を維持す るために必要で、がんの発病に対しても抑制作用がある。また、根菜類も良質の繊維 が多く便の性状を改善する。野菜・海草類を十分(一日に350グラム)に取って健康 増進やがん予防に心がけることが重要である。生野菜や果物の頻回摂取は喫煙者の肺 がんに対して予防的効果を認めた。つまり、喫煙者も生野菜や果物を頻回に摂ってい れば、肺がんになる危険性が減る。これは禁煙が難しい喫煙者には朗報であるが、や はり肺がん予防には禁煙が最強の方法であることを忘れてはならない。
5)ニコニコ運動を継続してがんを予防する

 機械と同じように人間の筋肉・関節・骨も使わなければ老朽化も速くなる。生活の 中で活動能力を維持するためには、惜しみなく体を動かすことが大切である。運動不 足になりがちな人たちは筋力低下を予防するため、車に乗らず歩く習慣を身につけよ う。具体的に進めることのできるがん予防のための運動方法として、ニコニコペース の運動がある。一週間に2~3回くらいの頻度で、30~60分くらいの時間をかけ、運動 強度は体全体に汗がにじむ程度がいい。運動の種類は何でもいいが、歩行、水泳、 ジョギングなどは無理が少ない。このような運動でも負荷をかけすぎると、関節障害 や心臓疾患の原因にもなるから、ほどほどの楽しい運動を心がけるべきである。
おわりに

 健康推進のために上記の五ヶ条を実施することは容易に思われがちだが継続するこ とは困難である。本講演では上記の基本的な五ヶ条の内容を中心に、アジア・大平洋 地域の国々におけるがんの流行の特性に触れながら、最前線のがん予防戦略について 紹介したい。

田島 和雄先生 ご略歴

昭和22年生 本籍 広島市安芸区瀬野町
昭和47年 大阪大学医学部卒業
大阪大学医学部附属病院、整形外科研修医師
昭和48年 浜松市聖隷三方原病院、外科医師
昭和52年 愛知県がんセンター病院、臨床病理学、研修医師
昭和54年 愛知県がんセンター研究所、疫学部、研究員
昭和56年 愛知県がんセンター研究所、疫学部、主任研究員
昭和61年 ジョンス・ホプキンス大学・公衆衛生学部卒業
ジョンス・ホプキンス大学・公衆衛生学修士
医学博士(大阪大学)
昭和62年 愛知県がんセンター研究所、疫学部、第一研究室長
平成2年 愛知県がんセンター研究所、疫学部、部長
平成12年 愛知県がんセンター研究所、疫学・予防部、部長、現在に至る

専門は、がんの民族疫学、がんの病院疫学。
学会活動として、日本疫学会、アジア・大平洋癌学会、日本癌学会、日本病理学会、日本リンパ網内系学会、日本公衆衛生学会、日本衛生学会、などの理事、評議員を務める。また、文部科学省がん特定研究のがん疫学研究領域の代表者でもある。

     
がんの予防と克服?21世紀の戦略

京都大学大学院医学研究科健康解析学講座・教授
福島 雅典

 21世紀に入った今もなお、がんは死因の第1位であり、ついに男性では早期発見が難しい肺がんが、がん死のトップとなった。がん征圧は困難なゴールではあるが、医学は着実に目標に向けて進んでいるし、がんの治癒率も年々向上してきた。過去10年間の科学の進歩はがん征圧への我々の新たな挑戦を可能にしている。
 今日もがん征圧の基本戦略が予防・早期発見・適切な治療であることに変わりはない。それぞれのアプローチにおける最近の技術革新によって、成績は一層改善しつつある。がんはその相当な割合まで予防可能な病気である。何よりもタバコの撲滅は、がん死亡の大きな減少につながる最も確かで安い方法であるが、残念ながらわが国では、社会的戦略として事実上採用されていない。一方、80年代から国家的取り組みを行った米国では今日、肺がんの死亡率が実質的に低下してきているが、わが国では上昇し続けている。そして、80年代に米国で臨床試験が開始された薬によるがんの予防(化学予防)は、すでに乳がん、大腸がんで実現し、タモキシフェン、アスピリンによって一部は予防できる時代になった。がんの化学予防は今後の重要ながん征圧戦略であり、がんの遺伝子診断はこのような戦略展開の強力な武器である。
  わが国においては、350万人とも推定される、BおよびC型慢性肝炎の薬による積極的コントロールで肝癌発生が抑えられることが示されつつあり、また腫瘍マーカー、超音波による定期的検査によってほぼ確実に早期発見でき、エタノール注入、動脈塞栓、あるいは切除で一旦はがんから逃れることが可能な時代になった。1990年代中頃までは、ほとんど悲観的な見方の拡がっていた肺がんについても、らせんCTによって、日常診療においてI期肺がんを見つける機会が増している。喫煙者には、喀痰細胞診とらせんCTによる定期検診がすすめられる。新しい診断技術、PET(ポジトロンエミッション断層撮影)の導入によって悪性の鑑別が容易となったばかりでなく、病期診断と術後の再発早期診断がより確かなものとなり、適切な治療が出来ることが明らかになった。腫瘍マーカーが上昇しても病変が特定できないような場合にもPETは役立つであろう。こうして肺がんの征圧にも確かな希望が見えてきた。がんの疾患管理のコンセプトはかつてのそれに比べてずっと明確となり、そのための手段も多様かつ確かなものになってきており、次第に日常診療化しつつある。次の革新のためには精度の高い前向きの治療成績調査が必要である。
  過去10年の間に新しい抗がん薬が次々と登場し、進行がんに対する治療は、かつてのような副作用との戦いからイメージされるものとは様変わりした。新しい経口フッ化ピリミジン、S-1は、長く消化器がんの標準薬であった5FU静注にとってかわり、ついに患者さんは注射から一部解放されるようになった。S-1は胃がん、大腸がん、乳がん、頭頸部がん他、多くのがんの標準薬となるであろう。こうしてがんの化学療法は、新しいより有効な外来治療の開発の時代に入った。他の新しい有効な抗がん薬、カルボプラチン、パクリタキセル、ゲムシタビンは、週に一回投与する方法で、肺がんをはじめ多くのがんで、より少ない副作用で実質的効果が保たれている。抗体医薬、ハーセプチンは乳がんのコントロールに新たなアプローチをもたらしている。このように、従来の治療では困難だった多くの進行がんのコントロールが外来で可能になった。今日では、きめ細かい治療によって進行がん患者さんも一定の間、普通の日常生活を過ごすことが可能である。
  疼痛の緩和は末期がん医療の中心である。早めにモルヒネを十分な量、制吐薬、下剤を併用して使うことが成功の鍵である。このような緩和技術の理解と普及は末期がんの患者さんを苦痛からほぼ解放した。そして今日では多くの患者さんがほとんど、無痛のうちに安らかに眠るごとく亡くなられるようになった。 こうして今、半世紀にわたる膨大な研究を土台に我々はがん征圧にむけて、新たながんの予防と克服への戦略を展開すべき時代にいる。あらためてがん征圧への熱意を喚起したい。

福島 雅典 先生 ご略歴

昭和23年 愛知県生まれ
昭和48年 名古屋大学医学部卒業
昭和51年 浜松医科大学助手
昭和53年 愛知県がんセンター内科医長
平成12年 京都大学大学院医学研究科健康解析学講座 教授

著書
医療不信-よい医者は患者が育てる;同文書院
メルクマニュアル第17版 日本語版;日経BP社

愛知県がんセンターにて22年間、事実上日本では初めての癌専門内科医として、進行・再発がん患者さんの診療を行うかたわら、新しいがん治療法の開発と医療改革に力を注いできた。1980年代よりインフォームド・コンセントの確立と普及をして標準治療の普及に大きな役割を果たし、医療の科学的基盤確立に尽力されている。