『がん患者の心と生命』
平成18年10月21日(土)
演題:
がん患者と家族のための心の医学:サイコオンコロジー
広島大学大学院精神神経医科学教授
山脇 成人 先生
先進医療技術の進歩はめざましく、がん治療に関しても、早期診断技術や身体侵襲の少ない外科手術、新しい抗がん剤などが開発され、数多くのがん患者が救われてきた。しかしながら、厚生労働省の統計によれば、わが国の死亡者の3分の1はがんによるとされている。また、がん生存者数は2015年には532万人に増加し、そのうち307万人が5年以上の長期生存者(がんと共存しながら生きている人)であることが予測されており、闘病生活期間における生活の質(Quality of Life)をいかに高めて生きていくかは、患者本人のみならず、家族にとっても重要な課題である。
1.がんの病名告知に関する問題点
情報開示というキーワードは、医療のみならずあらゆる分野で話題となっており、今や情報を隠すことは不可能に近い状況になっている。がんの病名告知に関しても、わが国では患者本人に隠す傾向がこれまで強かった。いくつかの病名告知に関するアンケート調査によると、興味深いことに「自分ががんと診断されたら、告げてほしい」が80%以上なのに対し、「家族ががんと診断されたら、本人に告げてほしい」は30-50%と乖離がある。
がんという病名は、患者に属する個人情報なので、最初に知る権利は患者にあるというのが最近の考え方となっている。もちろん知りたくないという権利も認められるべきで、その場合は健康な時期からよく話し合っておいて本人の意思を確認しておく必要がある。
本講演では、医療者の立場に立った観点ではあるが、病名を知りたいという患者にどのように情報を伝えるか、患者に知らせたくないという家族にどのように対応したらよいかなどについてまとめるので、患者さんやご家族の参考になれば幸いである。
2.がん患者の心の医学(サイコオンコロジー)
がんに限らず病気になればヒトは不安になり、落ち込むのが当然の反応である。ましてや、死ぬかもしれないという疾患に罹患した場合は、その程度はさらに強くなると容易に想像されるが、わが国の医療現場では病気の治療には一生懸命力を注ぐが、その患者の不安や抑うつなどに対しては比較的無関心であった。
米国のがんセンターを受診した215名の患者に精神科医が面接をしたところ、通常範囲内の精神状態(通常反応)であった患者は53%で、47%は何らかの精神的問題(不安・抑うつを伴う適応障害およびうつ病)を呈していたことから、がん患者への心のケアが必要であることが認識され、サイコオンコロジーという学問分野が注目されるようになった。
サイコオンコロジーはがん患者の心理社会的な問題を取り扱う学問領域で、1977年に米国スローンケタリングがんセンターで始まり、わが国では1987年に日本サイコオンコロジー学会が設立されたが、なかなか認知されなかった。1995年に国立がんセンターにサイコオンコロジー研究部門が設置されてからやっとわが国でも市民権を得るようになり、がん患者の痛みなどの身体症状緩和と併せて、緩和医療の2本柱という認識が深まってきた。本講演ではサイコオンコロジーについてわかりやすく解説する。
3.がん患者と家族の心得
自分があるいは家族ががんになった時、どのように対応すべきかについて、日頃から考えておく必要がある。絶対という言葉は滅多に使うべきではないが、人生において絶対と言えることは1つだけある。それは、ヒトは必ず死ぬということである。がんに限らず、いかに死ぬかについては、いつかは考えなければならない運命である。
最後に、自分ががんになった時あるいは家族ががんになった時の心得について、簡潔にまとめたものを紹介するので、参考にしていただきたい。。
がん患者の心得
- 主治医のパートナーになるくらいの気持ちで
- 病気に対する心配を信頼すべき人に打ち明ける
- 自分の悪い行いががんをもたらしたわけではない
- がんと最後まで闘い続ける必要はない
- いつも前向きに考えられなくても決しておかしくない
- これまでに使ってきた対処方法を使う
- 以前助けになった仲間にまたお世話になる
がん患者の家族の心得
- 医学的な情報に広く通じておく
(ただし専門家になる必要はない) - 自分がどういう援助に適しているかをはっきりさせておく
- 患者さんの言動が「変化」したり「反復」されることを予期しておく
- 患者さんがどういう援助を必要としているか(ニーズ)を明らかにする
- 自分の言動が患者さんのニーズにそっているかどうかを常に確認する(自分の価値観を押しつけない)
患者さんにとって真のサポート提供者は家族の誰であるかを家族内でお互い自覚しておく
やまわき しげと
山脇 成人 先生 ご略歴
昭和 29年 | 広島市生まれ |
昭和 54年 | 広島大学医学部医卒業 |
昭和 56年 | 国立呉病院精神科勤務 |
昭和 57年 | 米国ワシントン大学医学部に留学(科学技術庁在外研究員) |
昭和 60年 | 広島大学より医学博士号を授与 |
平成 元年 | 国立呉病院精神科医長併任 |
平成 2年 | 広島大学医学部神経精神医学講座教授 |
平成 14年 | 広島大学大学院医歯薬学総合研究科・精神神経医科学教授 |
精神医学、特にうつ病の脳科学、精神腫瘍学(サイコオンコロジー)が専門。日本学術会議・連携会員の他、国際老年精神薬理学会(ICGP)・理事長、国際神経精神薬理学会 (CINP)・事務局長、日本サイコオンコロジー学会・代表世話人、日本緩和医療学会・理事、日本神経精神薬理学会・理事、日本うつ病学会・理事など多数の国内外の学会の理事を務める。
演題:
増え続ける乳がん-乳がんから命と乳房を守るために-
乳腺疾患患者の会「のぞみの会」会長
浜中 和子 先生
我が国では乳がん患者が年々増加の一途をたどっている。
2005年の乳がん罹患者数は41000人を超え、23人に1人の女性に乳がんが発症するとされており、しかも、年間約1万人が乳がんで死亡しており、40代から60代の女性におけるがん死亡原因の第1位となっている。欧米では非常に多数の乳がん患者が発生しているにもかかわらず、死亡率は年々減少している。一方で日本ではまだまだ死亡率が上昇し続けている現状である。
乳がんは早期発見、早期治療されれば、それで命を落とすことは少ない。初期(ステージⅠ)(腫瘍の大きさが2cm以下)の段階で治療できた場合の10年生存率は95%であるが、ステージⅣ(遠隔転移がある)では25%に低下する。また、最近では手術方法も進歩して、乳房温存手術が最も多く実施されており、術後のQOLも改善している。早期発見のために最も重要なことは、的確な乳がん検診と自己検診であることは言うまでもない。
2004年より厚生労働省は、これまでの視触診のみの乳がん検診を改めてマンモグラフィ検診を併用するように指針を示した。しかしながら、マンモグラフィ検診実施率は県によりばらつきがあり(最高100%から最低3.8%まで)、平均は約6割であった(2003年)。驚いたことに、広島県の実施率は18.9%でワースト5であった。私たちは乳がん検診の充実を目指して、マンモグラフィを検診車へ搭載するための補助金を国へ要望することにした。そして2004年2月から6月までこの要望への署名活動を展開し、全国各地から7万人近くの署名を集め、厚生労働大臣へ提出した。
国は乳がん死の低下を重要課題としてとりあげ、2005年度にはマンモグラフィ緊急整備事業として全国に新しく250台のマンモグラフィを配備導入した。
しかし、まだまだ乳がん検診の受診率は低く、2003年度受診率の全国平均は2.7%であった。乳がん検診を受けていない理由として、アンケートによると、検診の必要性を自覚していない、検診に対して関心がない、検診を受けるのが恥ずかしい、男性医師あるいは技師に乳房を触られたくないなどの理由が挙げられた。
乳がん死ゼロを目指して
今後、受診率アップを目指して各方面で以下のような改善が必要と思われる。
1)啓発活動の充実:
市町村の公報などによる検診の呼びかけ、パンフレットの配布、講演会の開催。ピンクリボンキャンペーンなどの啓発キャンペーン、マスコミを利用した乳がんに関する情報の提供などを今後さらに積極的に行う必要がある。
2)検診環境の改善:
検診を受けやすい環境づくりとして、検診車への女性スタッフの配備、施設検診の際の女性外来の設置、女性医師の登用など、改善すべき要因は多い。
3)マンモグラフィ読影医師及び技師の養成:
マンモグラフィを受けたにもかかわらず、乳がんが見落とされた例もあり、マンモグラフィの台数の増加に対して読影医師及び技師の養成が追いついていない現状が指摘されている。この点も早急の対策が望まれる。
4)若年女性に対する超音波検査の併用:
30代の女性の乳がんが増加している。マンモグラフィ併用の乳がん検診は40歳以上と規定されたため、30代女性の乳がん検診の機会が無くなってしまった。若年女性の乳がん対策として、超音波検査併用の乳がん検診を実施すべきと、提唱する。
5)乳がん検診は2年に1回でいいのか?:
財政上の理由により、マンモグラフィを2年に1回とした為に、乳がん検診そのものが2年に1回となる心配があり、これは乳がん増加の現状に逆行した措置である。理想的には年に1回のマンモグラフィ検診とするべきで、この点の見直しを希望する。
6)自己検診のすすめ:
乳がんは自分でも発見できるがんである。成人した女性は月に一回の自己検診を怠らず、自分で早期発見してほしい。
今後日本ではさらに乳がん患者が増え続けると予測されている。まず必要なことは乳がんに関心を持ってもらうことだ。私は、各地で乳がん啓発講演を行い、仲間と2年前から地元でピンクリボンキャンペーンを開催している。キャンペーン後には明らかに、検診受診者が増加しており、活動の成果があらわれている。女性の命と乳房を守るために、乳がん死ゼロを目指して、今後も啓発活動を続けていきたい。
はまなか かずこ
浜中 和子 先生 ご略歴
昭和 25年 | 広島県生まれ |
昭和 51年 | 広島大学医学部を卒業 |
平成 1年 | 医学博士 |
平成 7年 | 広島大学医学部付属病院、マツダ病院、尾道総合病院、広島総合病院を経て、1995年、浜中皮ふ科クリニックを開設。 |
浜中皮ふ科クリニック院長。乳腺疾患患者の会「のぞみの会」会長、緩和ケアを考える会広島会員、ホスピスケアをすすめる会広島会員、がん患者団体支援機構理事として、診療のかたわら乳がん患者支援活動、ホスピスケア活動に奔走している。
著書 「のぞみを胸に」
所属学会
日本皮膚科学会、日本臨床皮膚科医会、日本形成科学会、皮膚アレルギー学会