第12回広島がんセミナー県民公開講座

生活習慣病・がんの予防と治療
-広島県における取り組みについても-

平成14年11月9日(土)

生活習慣病としてのがん予防

名古屋市立大学医学部公衆衛生学教室・教授
徳留信寛

■がんの現状
 最近のわが国の3大死因はがん、心臓病、脳血管疾患です。そのなかでがんが最も多く、全死亡の3割を占め、年間30万人近くの方が亡くなっています。人口の高齢化にともない、がん死亡数だけでなく発生数も増加しています。主なものは肺がん、胃がん、肝がん、大腸がん、子宮頸がんなどです。男女の胃がん、女性の子宮頸がんは減少し、逆に、男女の肺がん、大腸がん、男性の前立腺がん、女性の乳がんなどは増えています。
■がんの発生機序

 がんは生活習慣病です。多くは宿主要因と環境要因とが相互に作用して生じます。宿主要因には遺伝素因と年齢などがあり、環境要因にはライフスタイル(タバコ、アルコール、食事、身体活動・運動、休養など)、生物学的要因(細菌、ウイルスなど)、物理化学的要因(大気汚染、放射線、紫外線など)、社会経済文化的要因(貧困など)があります。したがって、それぞれの人が好ましい生活習慣を心掛ければ、がん発生を予防するか遅くすることができます。
■がんの要因と一次予防

 病気の予防には、まず、一次予防が重要です。一次予防はリスク要因を避け、予防要因を取り入れることです。そのためにはどんな要因ががんと関連があるのかを知る必要があります。
1)タバコ
 タバコは単独で最大のがんリスクファクターです。周知のとおり、タバコは喉頭がん、肺がんをはじめ、多くのがんの原因です。
2)アルコール
 アルコールは百薬の長と言われますが、それは適量での話です。多飲は健康によくありません。アルコールは食道がん、肝がんなどと関連があります。特に、アルコール代謝がうまくいかない遺伝素因のひとが多飲した場合、健康影響が大きいのです。
3)食事
 食事は重要な要因ですが、功罪両面あります。今日の問題はかつての栄養素欠乏ではなく、過剰摂取およびアンバランスです。
a. 高塩食品は発がん物質の吸収を高め、特に、胃がんと関連しています。最近、インスタント食品摂取、外食などの機会が増え、食塩摂取量が増加しており問題です。
b. 野菜・果物は確実ながん予防要因です。これは野菜・果物中の微量栄養素(ビタミン、ミネラルなど)の抗酸化作用や解毒作用などによるものです。
c. 食物繊維のうち、不溶性食物繊維は便量を増し、発がん物質を吸着・希釈して腸管上皮への曝露を減少し、便の腸内通過時間を短縮し、嫌気性菌による腐敗物質産生を抑制します。一方、水溶性食物繊維はビフィズス菌などの栄養となり、腸内細菌叢を改善し、細胞性免疫を上げます。また、食物繊維には糖代謝改善が期待されます。
d. カロリー(エネルギー)および脂肪の過剰摂取は、いわゆる米国型のがん(大腸がん、乳がん、前立腺がんなど)と関連しています。その摂取量とバランスを考えて食べましょう。
4)肥満
 肥満は心臓病、脳血管疾患、糖尿病などだけでなく、前述の米国型のがんにも関連があります。日頃、食生活と身体活動に心掛け、太らないように気をつけたいものです。
5)身体活動(運動を含む)
 身体活動とがんとの関連は食事に似ており、諸刃の刃になっています。過度な運動は心身にとってよくありません。適度な身体活動は、米国型のがんを予防します。逆に、身体活動不足は、エネルギー・脂肪の過剰摂取、肥満とあいまって問題です。自分の好きな運動を選び、週に2回以上を目安に、ニコニコペースで楽しみましょう。
6)ストレス
 ストレスは人生のアクセントですが、過度なストレスはひとの神経・内分泌・免疫ネットワークを破綻し、がんの発生や増殖に密接に関わっていると考えられます。ストレスをうまくコントロールし共存するのが鍵です。また、過労を避け、疲労を貯めないようにすることです。
7)細菌・ウイルス感染
 この例にはピロリ菌と胃がん、肝炎ウイルスによる肝がん、ヒトパピローマウイルスによる子宮頚がんなどがあります。現在、ピロリ菌駆除による胃がん予防効果が調べられています。肝炎ウイルスの感染予防として、ワクチンや免疫グロブリン投与による母子感染予防、輸血血液のスクリーニングが実施されています。
■がん二次予防

 がん一次予防が二次予防(早期発見・早期治療)に優るのは言うまでもありませんが、完全無欠ではありません。がんは長い潜伏期を経て生じます。症状のない段階での二次予防が重要です。なかでも胃がん、大腸がん、子宮頚がんなどの検診は、簡便で有効ですので積極的に受診しましょう。
■おわりに

 がんは遺伝子の”故障”ないし”消耗”であり、がんを撲滅することはできません。しかし、がんは生活習慣病です。好ましいライフスタイルを心掛ければ、がん発生を予防するか遅くすることができます。また、定期的にがん検診を受診して、がんを早期発見し早期治療すれば、大事な生活の質を保てます。

徳留 信寛 先生 ご略歴

昭和19年生 本籍 鹿児島県
昭和44年  九州大学医学部医学科卒業
昭和47年 九州大学医学部公衆衛生学講座助手
昭和51年 医学博士(九州大学)
昭和52年 公衆衛生学修士(ジョンス・ホプキンス大学衛生公衆衛生学校)
昭和52年 米国国立保健研究所・がん研究所客員研究員
昭和55年 佐賀医科大学地域保健科学講座助教授
平成4年 名古屋市立大学医学部公衆衛生学教室教授、現在に至る

学会活動として、日本衛生学会、日本公衆衛生学会、日本産業衛生学会、日本癌学会、日本疫学会、などの理事、評議員を務める。

 

機能を温存するがんの外科療法

国立がんセンター東病院院長
海老原 敏

 がんが我国の死因の第一位となってから久しいが依然、がんによる死亡は増加している。がんの診断・治療さらには原因究明は確実に進歩しているにも拘わらず、がんによる死亡が増加し続けるのは何故であろうかという疑問は当然のことであろう。個々のがんの治療成績が向上していることも確かである。しかしがんに罹患する方が増加しているということが、がんによる死亡数が増える原因となっている。一方最初のがんの治療に成功しても、第2・第3のがんが発生する人が少なからずあるということも、がんによる死亡が減らない原因のひとつであろう。
現在がんの局所治療として、中心となっているものは外科療法である。放射線治療も機能を温存する局所療法としては有用なものであり、多くの成果をあげている。  ここでは、がんの外科療法の近年の進歩について、術後の機能障害をいかに軽減する努力がなされているかという点を中心にお話しする予定である。
がんの外科療法である臓器を全部あるいは、一部を切除すれば、それ相応の機能の欠落が残ることになる。いずれの部位にできたがんでもそれは同様であるが、日常生活に著しい影響ののこる頭頸部ならびに、骨盤臓器のがんについて機能を温存する外科療法が、どのような進歩がみられるか、その現状を紹介する。
頭頸部がん:頭頸部がんはその発生頻度は低いものであるが、日常生活に欠くことのできない多くの機能をもっている臓器が集中している所である。つまり頭頸部は呼吸の出入口であり食事の入口でもある。食物を噛み、飲み込むという機能に加えて味覚・臭覚という重要な感覚を有している。また話すため声のもとを作る喉頭(声帯)があり、ここで発生した音を咽頭(のど)と口腔で加工して、言葉として出す重要な機能がある。これらの機能をいかに残すかが、治療にあたって極めて重要となって来る。頭頸部がんの7割は扁平上皮がんという放射線治療が有効ながんであるため、機能温存のためには放射線治療が第1選択としてとられて来たが、放射線治療に劣らない機能温存を可能とした外科療法を開発してきたのでその一部について紹介する。

骨盤臓器:ここには婦人科領域、泌尿器科領域のがんならびに結腸・直腸のがんがある。この部のがん治療にあたって、排泄ならびに生殖に関する機能が集中しており、生存率の向上ばかりではなく、これらの機能を可及的に温存することが望ましい、 直腸がんに対する人工肛門造設を回避する様々な術式が工夫されている。それは肛門括約筋の温存という方法と括約筋の再建という術式に大別される。前者は臨床上施行されており、後者はまだ少数例でしか施行されていない。また泌尿器領域では、膀胱全摘出術後に回腸を使用して膀胱を再建し自然排尿を目指すことが可能となってきた。
婦人科領域のがんでは治療後の下肢のリンパ浮腫、乳がんでは同様に上肢のリンパ浮腫が、がん治療後のQOLの低下につながる問題としてあげられる。
これらの浮腫に対しては、浮腫の発生の予防もさることながら、既に発生してしまった浮腫に対する治療法として近年、超微細静脈・リンパ管吻合の術式が開発され、圧迫療法と併用することにより浮腫の著明な軽減をみることができるようになった。
機能温存の一方の旗頭である放射線治療でも、食道がんにおける放射線と抗がん剤の併用による治療法をはじめ陽子線・重粒子線(カーボンイオン)による周囲組織への放射線の影響を著しく減少させる治療法が実用化されて来ている。
これらの治療法の進歩に劣らない外科療法の開発のため今後も努力が必要となろう。そして21世紀のがんの治療成績は5年生存率のみならず、治療後の機能障害をより少ないものとして、生活の質の向上をふくめたものが治療成績といわれるよう変わっていくべきものと考えている。

海老原 敏 先生 ご略歴

昭和13年 東京都生まれ
昭和39年  群馬大学医学部卒業
昭和40年 国立がんセンター病院 勤務
昭和49年 国立がんセンター病院 第二病棟医長
平成元年 国立がんセンター病院 第二病棟部長
平成4年 国立がんセンター東病院 副院長
平成7年 国立がんセンター東病院 院長、現在に至る

著書
がん治療に迷ったら:法研
癌を語る:主婦の友社(分担)

 

がんの情報、がんの治療:
日本放送出版協会広島県におけるがん予防の取り組み
-今何が必要か-

広島県福祉保健部・部長
三浦公嗣

 広島県では、昭和54年以来、がんが死因の第1位となっており、平成11年のがんによる死亡者数は約7,100名と、全死亡の約3分の1である。特に、40歳から64歳の働き盛りの世代で見ると全死亡の43%を占めており、個人のみならず家族や社会にとっても非常に大きな影響がある。部位別の死亡者数では、かって一番多かった胃はほぼ同じ水準に留まっている一方、現在第一位の肺をはじめ肝臓、結腸・直腸等は増加傾向にある。
 急速に進んでいる人口の高齢化の影響を除外して状況の変化を比較できるよう、人口の年齢別構成を一定にした上で算出する年齢調整死亡率を用いて、男女別に年次推移を見ると、ここ数年、特に男性の死亡率が全国の死亡率に比べて高い傾向が認められる。部位別では、胃は減少傾向にあるものの、肺、肝臓では増加してきている。全国と比べると、胃、肺は全国とほぼ同じ程度だが、肝臓は非常に高く、肝がん対策、中でもC型肝炎ウイルス等によるウイルス肝炎対策が非常に重要な課題になっている。
 がんによる死亡を除外した場合の平均寿命の伸びを計算すると、男性では約4年、女性では約3年となっている。これらは、それぞれ全国で6位と9位であり、広島県ではがんは平均寿命にも大きな影響を与えている。
 このように、がんは県民の健康にとって重大な課題となっている。
 このため、広島県では、13年度に、がん予防のために専門家による委員会を設置し、「がん予防等推進計画」を策定した。これは、全国の健康づくり計画である「健康日本21」の地方計画として同じく13年度に策定された「健康ひろしま21」の行動計画として位置付けられている。
 がん予防には、がんに罹らないようにする一次予防、がんに罹っても早期発見や早期治療ができるようにする二次予防、がんの治療をする三次予防という3段階の予防がある。本計画には「がんに罹らない、がんに負けない、がんで死なない」というキャッチフレーズが付けられた。これは、がん予防は医療機関だけの問題ではなく、県民の方々にその趣旨を理解していただき、例えば健康づくりのために生活習慣を変えていただくことや、たとえがんにかかってもがんに負けない気概を持っていただくことも必要であると考えたからである。
 本計画に基づいて、従来からの事業の見直しと新規事業の組み込みをしていくこととしている。
 本年7月に成立した健康増進法においても、非喫煙者が影響を受ける受動喫煙についての事項が盛り込まれたところであるが、一次予防として、喫煙対策は重要な位置を占める。特に未成年者の喫煙はその後の健康影響が大きいとされ、教育現場と一体となった重点的な対応が必要である。
 また、二次予防として、乳房以外のがん検診受診率は全国と比べて低い。さらに、精密検査が必要とされても受診しない精検未受診率も大腸等では1割を超えている。検診で発見されたがんのうち、早期がんであったものの割合は胃、乳房、肺については全国に比べて低い。
このため、県民の方々に対して、検診受診をさらに積極的に呼びかけるほか、保健師等による未受診者等の把握や受診勧奨等を行うこととしている。
 さらに、ウイルス肝炎対策として、生涯に一回は肝炎ウイルスの検査を受けることができる制度が始まった。本制度を積極的に活用するとともに、持続感染者については生活習慣の改善等が行えるよう支援体制を整えることとしている。
 三次予防として、医療機関の機能の向上や相互の機能分担が重要であるが、あわせて県民の方々に対する情報提供を積極的に進めることとしている。さらに、根治的な治療が困難な場合には緩和ケアが十分提供されるよう、県立広島病院に緩和ケア支援センター(仮称)を整備し、在宅緩和ケアを中心として県内全域での緩和ケア体制の整備に努めることとしている。
 なお、県内でのがんの実態については死亡の状況がほぼ唯一の情報であった従来の体制を改め、がんの発生状況等を正確に把握することができる地域がん登録事業を14年度から開始した。

三浦 公嗣 先生 ご略歴

昭和32年  東京都生まれ
昭和58年 慶應義塾大学医学部卒業
厚生省入省(以後、川崎市衛生局等)
昭和63年 米国ハーバード大学公衆衛生学大学院修士課程修了
(以後、平成元年まで米国ジョンズ・ホプキンス大学衛生学公衆衛生学大学院特別研究生)
平成元年 厚生省復帰(以後、医療情報、臓器移植、介護保険等を担当)
平成12年 広島県福祉保健部次長
平成13年 広島県福祉保健部長、現在に至る