第19回広島がんセミナー・第3回三大学コンソーシアム県民公開講座

「進化するがん治療」

平成21年10月31日(土)

第19回広島がんセミナー・第3回三大学コンソーシアム「進化するがん治療」(鳥取大学・島根大学・広島大学)の県民公開講座「がん対策の総合戦略」が10月31日(土曜日)、広島国際会議場で開催された。
講師は、名古屋市立大学医学研究科 腫瘍・免疫内科教授名古屋市病院局長 上田 龍三 先生、放射線医学総合研究所理事 辻井  博彦 先生、そしてNHKエデュケーショナル科学健康部エグゼクティブプロデューサー 坂井  かをり 先生先生の3名であり、がん医療の対策、がん検診、そして緩和ケアについてそれぞれ講演された。尚、三大学関係者、広島県がん診療連携拠点病院関係者、一般県民を含めて約379名の参加があった。

演題:
がんの薬物療法の最前線

名古屋市立大学医学研究科 腫瘍・免疫内科教授
名古屋市病院局長
上田 龍三 先生

「化学療法」という言葉は、お薬によって病気の原因となる病原体とか、病気の原因と強く関係している分子(標的物質)を選択的に攻撃することを期待して開発された薬物治療法に関して使われてきた。この概念は「魔法の弾丸」として特に感染症の原因である細菌や真菌(カビ)に対する抗生物質の開発研究の分野で大いに成果を上げてきた。
がんに対する化学療法の歴史は1945年に毒ガスとして開発されていたナイトジェンマスタードが悪性リンパ腫に有効であることが認められたことを契機に、がんに効くお薬の研究が急速に進められた経緯がある。日本では細菌に対する抗生物質の開発研究が盛んであったため、戦後その応用として、多くの「がん化学療法」の開発研究にも貢献してきた。化学療法はがん種によっては高い有効性を示してきたが、正常細胞への傷害も強く、副作用の対策が大きな問題となってきた。
20世紀の後半には遺伝子の研究が進み、それまで未知であった“がんの本態は、遺伝子の異常の積み重ねにより生じる”ことが明らかにされた。近年、分子生物学的手法により、がんに特徴的な多くの分子が同定されてきた。そこで、質的な異常、または量的な差として、がんに特徴的な分子を治療の目標(標的)とした薬の開発競争が世界中で展開されているのが現状である。これらの新しく開発された薬による治療は「分子標的治療」と呼ばれ、がん細胞に対する選択的な効果がより強く、副作用がより少ない治療法として期待されている。実際に、これまでの化学療法では白血病、悪性リンパ腫などの主に血液のがんにしか期待する治療効果が得られなかったが、分子標的治療法の開発研究の中からは、乳がん、肺がん、大腸癌などの発生頻度の多い固形がんの臨床現場でも画期的な成果の報告が集積されてきている。
本公開シンポジウムでは、これらがん薬物療法の新しい展開や外来化学療法室での治療、新しく認定され始められた、がん治療認定医やがん薬物療法専門医制度の現状を紹介するとともに、2007年4月に制定された「がん対策基本法」により、現在のがん治療のあり方や治療の受け方がどのように変わりつつあるか市民の皆様と考えたい。

うえだ りゅうぞう
上田  龍三 先生

略歴
 
昭和44年 3月 
名古屋大学医学部卒業
44年 4月 
名古屋大学医学部合同内科入局
47年 6月 
名古屋大学第一内科入局
51年 9月 
ニューヨーク・スローン・ケタリング癌研究所
55年 9月 
愛知県がんセンター研究所・化学療法部主任研究員
63年 4月 
同  部長
平成  7年 9月 
名古屋市立大学医学部第二内科  教授
13年 4月 
名古屋市立大学大学院医学研究科・臨床分子内科学教授
(部局化による名称変更)
15年 4月 
名古屋市立大学病院  病院長(兼務)平成19年3月迄
16年 4月 
(内科再編成)  腫瘍・免疫内科学 教授
20年 4月 
名古屋市病院局  局長
名古屋市立大学 顧問、理事
名古屋市立大学大学院医学研究科 教授(腫瘍・免疫学講座)
専門領域
内科学(血液学、認定内科医、血液専門医、内科指導医)、臨床腫瘍学
主な所属学会
・日本癌学会(評議員、H11-理事、H20-第67回学術総会長)
・日本癌治療学会(評議員)
・日本内科学会(評議員、H17-19理事、H19-東海支部代表)
・日本血液学会(評議員、H12-H19 理事)
・日本臨床血液学会(評議員)
・がん分子標的治療研究会(幹事)
・日本臨床腫瘍学会(幹事、H14-理事)
主な研究活動および委嘱委員
 
・日本学術会議連携会員
・文部科学省;学術審議会専門員
・文部科学省がん研究特定研究;がん治療領域代表
・厚生労働省;厚生科学審議会専門員
主な受賞
・平成4年 高松宮妃記念癌研究奨励賞
・平成7年 読売東海医学賞
・平成8年 高松宮妃記念癌研究奨励賞
その他
・Cancer Science (Editor 2003-現在)

演題:
ここまできた重粒子線治療:15年間の経験から

放射線医学総合研究所理事
辻井 博彦 先生

放医研では、医療用粒子加速器としては世界初のハイマックから得られる重粒子線(炭素イオン線)用いてがん治療臨床試験が開始された。今から15年前の1994年6月のことである。本装置は、1984年に始まった「対がん10カ年総合戦略」の一環として建設されたもので、がん治療と共に国内外の基礎研究にも供される多目的共同利用施設として稼働してきた。最近の実績では、年間がん患者700名前後が治療され、140課題の研究が実施されている。
重粒子線は、各種粒子線の中でもがん治療を行うのに最も適していると思われる。従来の放射線よりも線量集中性に優れ、かつ高い生物効果(細胞致死作用)を有しているからである。これまで放射線抵抗性と言われてきた難治性がんに対して有効であり、さらに従来の治療よりも治療期間を大幅に短縮できるという利点がある。これまでの経験から、重粒子線が有効ながんは、① 組織型では、光子線や陽子線が比較的効きにくい腺癌系や肉腫系(悪性黒色腫、骨・軟部肉腫など)、② 原発部位では、頭頚部、肺、肝、前立腺、骨・軟部組織、骨盤内など、及び③ 周辺に重要器官(眼、脊髄、消化管など)があり、比較的大きくて、不規則な形をした腫瘍、などである。但し、病巣が消化管そのもの、あるいは消化管に浸潤したものは、重粒子線単独では制御困難である。重粒子線は治療上有利な生物学的線量分布を有しているため、治療を短期間に終えることが可能である。ちなみに、I期肺癌や肝癌に対しての治療はそれぞれ1、2回照射で済み、また前立腺癌や骨軟部腫瘍でも、光子線や陽子線治療の照射回数と比べると約半分の治療回数・期間で済んでいる。このことは、重粒子線治療が他の治療法よりも多くの患者さんを治療出来ることを意味している。
この講演においては、世界の状況や将来展望についても述べたい。

つじい   ひろひこ
辻井  博彦 先生

現職
 
 
放射線医学総合研究所理事
 
千葉大学医学部連携大学院教授
 
群馬大学医学部教授(併任)
  履歴
 
1968年 
北海道大学医学部卒業
1969年 
国立札幌病院放射線科
1972年 
米国で放射線治療レジデント
1974年 
北海道医学部放射線科
在職中に米国とスイスで各1年間パイ中間子治療プロジェクトに参加
1990年 
筑波大学臨床医学系・教授(陽子線医学利用研究センター長)
世界で初めて深部がんに対する陽子線治療を実施
1994年より 
放射線医学総合研究所
世界で初めて炭素線治療を実施
重粒子医科学センター病院長、センター長を経て、2008年より理事
  その他
 
2005年 
高松宮妃癌研究基金学術賞
2005年 
科学技術制作研究所研究者賞
2006年 
国際粒子線治療研究グループ(PTCOG)会長就任

演題:
こんな緩和ケアを受けたい〜がん医療現場で聞いた声〜

NHKエデュケーショナル科学健康部
エグゼクティブプロデューサー
坂井 かをり 先生

「がんを治したい、高度な治療を受けたい、との思いで、がん専門病院の患者となった人たちは、どのような医療を必要と考えているのか」・・・・。
私は医学・医療の番組などを制作する仕事をしています。4年前、がん専門病院で取材を始めたとき、この問いの答えを探したいと考えました。
そしてたどり着いた結論の一つが、「緩和ケア」という医療の必要性です。

「緩和ケア」は、文字どおり、心と体の苦痛を取り去る医療です。

以前は「がんの治療」がなくなった時、つまり治療の手立ての無くなったときのもの、と捉えられていました。「薬は医療用麻薬のモルヒネなど例外的な薬しか使わない、ましてや手術のメスも使わない、手控えの医療」「医療者の手厚い言葉と対応で、穏やかな環境は提供されるけれども、“あきらめ”を余儀なくされる医療」・・・そう捉える医療側の人が大半でした。
こうした考え方が浸透している限り、「生きる」ことを目指している患者や家族が「緩和ケア」を受け止めることが難しいのも当然です。医療側から「もう治療はありません、あなたには“緩和ケア”しかありません」と宣告され、闘病場所を転々とする人が後を絶ちませんでした。
しかし「緩和ケア」は、もっと積極的な医療であるべきだ、と見直されるようになってきました。 治療初期から必要な医療だというのです。おととし施行された「がん対策基本法」にもしっかり書き込まれました。
理想的な「緩和ケア」では、多種多様な薬も、必要に応じて手術のメスも、放射線治療も取り入れられます。ありとあらゆる知恵と工夫を投入して行う「苦痛の治療」なのです。患者さんの心と体の状態がよくなれば治療もスムーズに進み、治療効果のあがることも徐々にわかってきました。取材したがん専門病院では、こうした「緩和ケア」が提供され、患者さんが立ち直っていく姿を目の当たりにしました。
各地でいま、こうした「緩和ケア」の体制づくりが進んでいます。しかし、患者さんが実際に100%受けられる体制になったのか、といえば まだそうなっていないのが現状です。これには様々な理由があると思われます。

「緩和ケア」とはどういう医療か、そして上手にがんと向き合っていくにはどうしたらよいのか、これまでに取材させて頂いた患者・家族の皆さんたちの声を踏まえてさらに考えて参りたいと思います。

さかい
坂井 かをり 先生

現職
 
 
NHKエデュケーショナル 科学健康部 エグゼクティブプロデューサー
  履歴
 
1987年 
東京大学薬学部薬学科卒業  NHKに記者として入局
松山放送局を経て、報道局科学文化部で医療・環境問題を中心に取材
2001年から 
NHKエデュケーショナルで番組プロデューサーとしてNHKの医学・医療番組や各医学系学会主催の市民公開講座、などを制作
2008年から 
現職
また一般社団法人 薬学教育評価機構 総合評価評議員もつとめる
  番組歴
 
▼ 
NHKスペシャル  2004年10月放送
「なぜ真相を伝えなかったか ~慈恵医大青戸病院・家族への報告書~」
▼ 
ETV特集 2006年9月放送
「がんと向き合う ~ 緩和ケア最前線~」 など
  著作
 
 
岩波新書 「がん緩和ケア最前線」 2007年3月出版