第13回広島がんセミナー県民公開講座

がん治療の最前線
-緩和ケアを含めて-

平成15年10月25日(土)

患者さんにやさしいがんの外科治療

広島大学大学院医歯薬学総合研究科外科学・教授
浅原利正

 がんはわが国における3大主要死因の一つでその中でも最も頻度の多い疾患である 。しかも高齢化社会が進むにつれがんは益々増加傾向にある。最近になり、分子標的 治療など新しい抗がん治療が導入されているが、抗がん剤の副作用が問題となり、十 分な治療成績の向上につながっていないのが現状である。
 依然としてがんの根治的治療の主流は現在でも外科手術である。つまりがんを手術 的に摘出することが治癒につながることになる。しかし、他の治療に比べて手術は患 者さんに与える生体侵襲が大きく、この点を克服することが重要な課題といえる。
 わが国においては内視鏡を始めとする画像診断学の発達は著しく、世界でもトップク ラスの高い技術レベルを保っている。この高いレベルの画像診断技術を応用して胃や 大腸などの消化管の早期がんに対しては内視鏡による切除が普及してきた。表層(粘 膜内)に止まる癌では開腹手術による切除は不要で、内視鏡のみによる手術でほぼ治 癒が可能になっている。更に進行したがんでも内視鏡を利用した低侵襲手術が普及し てきている。

1.内視鏡を用いた消化器がん手術

 内視鏡を用いた消化器手術(腹腔鏡手術)は胆嚢摘出術が一般的に良く普及してい る。この方法を用いた胆嚢摘出術では手術後3日位で退院が可能である。この内視鏡 を応用した手術が最近ではがんの手術に応用されている。
  大腸がんはこの内視鏡手術の最も良い適応である。内視鏡検査技術の進歩で、がん が早期に発見できるようになり、大腸がんの治療成績は飛躍的に向上した。がんが表 層(粘膜内)に止まっている場合には内視鏡だけで切除が可能になっている。この場 合、患者さんは2日間の入院で済む。もう少し進展したがん(リンパ節転移がないか 、あってもがん病巣の近くに止まっている)の場合にはお腹を大きく開けずに、内視 鏡で覗きながら開腹手術と同様にがんを切除することが可能になってきた。このよう な方法で手術すると手術翌日には歩行が可能となり、術後の疼痛も軽度で、回復も早 い。
  同じような方法で最近では胃がんの手術も行なわれており、内視鏡のみの切除や腹 腔鏡手術が行なわれている。この他、食道がんや肝臓がんに対しても腹腔鏡手術が行 われるようになってきている。

2.内視鏡を用いた肺がん手術

 拡張した肺は容易に縮小するため肺も内視鏡手術の良い適応である。良性の気胸の 手術は原則として内視鏡を用いた手術(胸腔鏡手術)が一般的となっている。
 他の臓器のがんが肺に転移した転移性肺がんでは転移病巣が少ない場合には内視鏡 を用いた肺手術(胸腔鏡手術)が行なわれている。転移性肺がんではがんの手術で一 般的に行なわれているリンパ節郭清が不要なことから、肺の表層など部位によっては 手術も簡単で短時間に終了し、翌日から歩行が可能で回復も速やかである。この手術 手技を発展させ、最近では原発性肺がんに対しても胸腔鏡手術を行なっている。CT (コンピューター断層撮影)やMRI(核磁気共鳴装置)などの画像診断技術が進歩し た結果、非常に早期の肺がんが発見できるようになり、そのようながんに対しては局 所のみを切除すればよく、胸腔鏡手術の良い適応である。
肺の手術において内視鏡手術器具は改良が進んでおり、今後更に安全で簡単な内視鏡 手術が発展すると予想される。

3.内視鏡を用いたその他の手術

 以上のほかに乳がん、甲状腺がん、子宮がん、腎臓がん、副腎がんなどに対しても
内視鏡手術は積極的に試みられており、今後益々普及していくことが予想される。

 内視鏡手術は大きな傷をつけることなく内視鏡で覗きながらがん病巣を切除するため 、手術するときの傷が小さく、術後の痛みが軽度であること、従って術後早期に歩行 可能になり、術後の回復が速やかである、などの利点がある。また、乳房や甲状腺な どに対しては傷が小さいことから美容的観点でも優れている治療方法といえる。
 一方でがんの手術に必要なリンパ節郭清は一部の臓器の内視鏡手術では不十分なこと も指摘されており、今後検討を重ねる必要があると思われる。
今後はロボット手術などを含めて一層患者さんにやさしく、安全な手術の開発が期待 されている。

浅原 利正 先生 ご略歴

昭和21年生 広島県生まれ
昭和46年  広島大学医学部卒業
昭和60年 広島大学医学部第二外科助手
平成5年 広島大学医学部第二外科講師
平成8年 広島大学医学部第二外科助教授
平成11年 広島大学医学部第二外科教授
平成14年 広島大学大学院医歯薬学総合研究科外科学教授、現在に至る

学会活動として、日本外科学会、日本消化器外科学会、日本肝臓学会、日本臨床外科
学会、日本再生医療学会、日本肝移植研究会などの評議員、世話人を務める。

 

がん末期を安心して過ごせる地域づくりをめざして

県立広島病院緩和ケア科・部長
本家好文

 がんの診断技術や治療法は年々進歩しています。ひと昔前まで、がんは不治の病として怖がられてきましたが、今ではがんに罹患しても約半数の人が社会復帰できる時代になりました。たとえ完全に治すことができなくても、長期間がんと共存しながら生活することも可能になってきました。
 治るがん患者さんの数も増えてはいますが、人口の高齢化などに伴ってがんに罹患する人の数が増え続けているため、がんで亡くなる人の絶対数は依然として増加しています。がんは1981年にわが国の死因の第1位になって以来、今でも日本人の死因のトップを占めています。平成13年度の統計では、全国で1年間に約30万人余り、広島県で約7,000人余りの方々が、がんで亡くなっていると報告されています。
 がんで亡くなる人の大半は一般病院で亡くなっています。広島県が県民を対象として実施した調査結果では、仮に治癒する見込みがないのであれば、最後まで自宅で家族と一緒に過ごしたいと考えている人が6割以上いることが分かっています。そうした県民の願いを少しでも実現できるように、県内各地で医師や看護師に対する在宅ケアの研修が行われています。さらに医療関係者だけでなく福祉や介護の関係者に対しても、多くの勉強会が開かれています。また最近では各地域で在宅緩和ケアを実践した人たちが集まって検討会が開かれたり、ボランティアの活動も活発になっています。今後はこうした地域の活動や資源を、どのようにして有効に活用していくのかが課題です。
  がん末期を自宅で過ごすことを希望する人も増えていますが、介護上の問題を抱えていたり、痛みに対する不安が強い場合などには、緩和ケア(ホスピス)病棟に入院する方が安心という人もおられます。広島県には1999年8月に最初の緩和ケア病棟ができて以降、約4年のあいだに施設数は6施設となり85床が運用しています。今後、さらに新しく数施設が設置される予定になっています。しかし、たとえ広島県内の緩和ケア病棟の数が10施設以上になったとしても、そこで受け入れることができる人数には限度があります。

 従来、がんの「告知」には否定的な考えの人が多かったと思います。しかし、がんの治癒率の向上や患者さんの権利意識の高まりといった社会的背景も影響して、たとえがんであっても自分の病気のことはきちんと知りたいと考える人が増えています。また、医療の現場でもインフォームド・コンセントやカルテ開示といった情報公開が求められるようになり、最近では「がん告知」は、かなり積極的に行われるようになりました。
 今後も、たとえがんであっても本人に伝える傾向は進むと思われます。さらに、治癒できない状況でも伝えることが普通のことになる日も遠くないと思われます。自分の置かれた状況を理解したうえで、自分の意志で緩和ケア病棟でのケアを希望したり、自宅で過ごしたいと考える人も増えると思います。どこで過ごすのが良いかは一人ひとり違います。一人ひとりの意志が尊重され、本人が自由に選択できるような状況を作ることが大切です。
 私たちが「がん」になる確率は、かなり高い状態が続いています。がんになるはずがないと考えるのではなく、がんになった時どうするのか、治すことができない状況になったらどこでどう過ごすのか。こうした問題は元気に過ごしている時から、考えておく必要があります。

  緩和ケアの基本的な理念は、たとえ治癒できないがんになった場合でも、最後まで身体的、精神的、社会的、そして実存的な苦痛から解放されて、その人らしく生き抜いてもらうことにあります。そうした多様な問題に対応するためには、さまざまな専門家やボランティアたちがチームを組んで対応する必要があります。
 平成16年9月に開設予定の広島県緩和ケア支援センターでは、緩和ケアを担う医療チームがまずがんの痛みをとる技術をきちんと身に付け、緩和ケアの理念に基づいたケアをできるようにするために、緩和医療の技術を習得した医師や、看護師をはじめとする人材の育成を行い、県内のどこで過ごしていても痛みがきちんと緩和され、良い緩和ケアを受けられることを目標にしています。

また緩和ケアの問題は医療だけの問題として考えるのではなく、住んでいる地域全体の問題として考える視点が必要です。平和都市広島が、たとえ末期がんになったとしても、助け合い支え合えるような優しい街になることを願っています。

本家 好文 先生 ご略歴

昭和24年 広島市生まれ
昭和50年  広島大学医学部卒業
広島大学医学部附属病院放射線科入局
昭和51年 広島赤十字・原爆病院
昭和52年 放射線医学総合研究所で放射線治療の研修
昭和54年 広島大学医学部附属病院
昭和60年 厚生連広島総合病院・放射線科主任部長
平成12年 国立病院呉医療センター・緩和ケア病棟医長
平成15年 広島県緩和ケア支援センター・開設準備室室長、現在に至る

著書
がんを知るとき伝えるとき(家の光協会出版)
ホスピス初級講座(三省堂)
がん緩和ケアに関するマニュアル(厚生労働省・日本医師会)