「がん対策の総合戦略」
平成20年11月8日(土)
第18回広島がんセミナー・第2回三大学コンソーシアム「がんプロジェクト養成プラン」(鳥取大学・島根大学・広島大学)の県民公開講座「がん対策の総合戦略」が11月8日(土曜日)、広島国際会議場で開催された。
講師は、国立がんセンター名誉総長の垣添忠生先生、広島平和クリニック学術理事の広川 裕先生、そして広島県緩和ケアセンター長の本家好文先生の3名であり、がん医療の対策、がん検診、そして緩和ケアについてそれぞれ講演された。尚、三大学関係者、広島県がん診療連携拠点病院関係者、一般県民を含めて約220名の参加があった。
演題:
わが国のがん医療とがん対策
国立がんセンター名誉総長
垣添 忠生 先生
がん医療は長足の進歩を遂げた。それを支える基礎研究も大いに進んだ。基礎研究に関しては1984年、第1次対がん10か年総合戦略による、国の強固な支援のもと、「がんの本態解明を目指して」を旗印に大きな成果を上げた。ちょうど、「がんが遺伝子の異常によって発生する細胞の病気」という理解が興りつつあったとき、国の強力な財政的支援により、三省庁合同の大型プロジェクトが進み、基礎研究では世界のトップに悟してきた。 第1次対がん10か年総合戦略が成果を上げたことから、第2次、第3次と研究は進み、現在、第3次の4年目に入った。この間、がんの臨床、すなわちがん医療も大きく進んだ。まず、日本に多い胃がんに関して、その診断、治療とも世界の断然トップを走っている。また、手術療法の多くが、早期診断の進歩とともに、縮小手術、機能温存手術の方向に進んだ。放射線治療も、IMRTと呼ばれる、患部のみに放射線を集中する技術が登場したし、やや特殊だが、陽子線治療や重粒子線治療も大きく発展した。がん化学療法も、日本発の抗がん剤S1の開発がある。また、分子標的薬の導入により、慢性骨髄性白血病、乳がん、大腸がんなど各種の進行がんの治療体系が一変した。
がん医療がこれだけ進歩したのに、日本のがん医療全体を見てみると、決して満足できない状況がある。まず、年間32万人近くが亡くなっており、がんで亡くなる人はさらに増えると予測されている。これはがんが高齢者の病気であり、わが国が急速に高齢社会化している影響もある。また、日本のどこでがんになったかによって、受けられるがん医療に差があり過ぎる、がん医療の地域間格差、医療機関格差が大き過ぎる、とする声がある。また、がんになったとき最も欲しい信頼に足る情報が得られないとするがん患者、家族、国民の要望が高まった。この声を受ける形で、06年6月、「がん対策基本法」が成立し、07年4月、同法が施行された。同法に規定されている通り直ちに、「がん対策推進協議会」が招集され、協議会がまとめた「がん対策推進基本計画」が07年6月、閣議決定された。08年3月までに、都道府県のがん対策推進基本計画があらかたまとめられた。今後は、この法律と計画に盛り込まれた内容を真に実効あるものとするべく、がん患者・家族、医療従事者、行政・政治が同じ方向を向いて努力する、ことが求められる。いま、わが国はがん対策の出発点に立った、極めて重要な時期と考えられる。
かきぞえ ただお
垣添 忠生 先生
ご略歴
生年月日: | 昭和16年4月10日 |
昭和42年 5月 | 東京大学医学部医学科卒業 |
昭和42年 8月 | 東京大学附属病院 研修医 |
昭和44年4月 | 都立豊島病院 泌尿器科医員 |
昭和46年7月 | 医療法人藤間病院 外科医員 |
昭和47年7月 | 東京大学医学部泌尿器科 文部教官 助手 |
昭和48年7月 | 東京大学医学部分院 泌尿器科 文部教官 助手 |
昭和49年7月 | 都立駒込病院 泌尿器科医員 |
昭和50年7月 | 国立がんセンター病院 外来部 泌尿器科医員 |
昭和61年10月 | 国立がんセンター病院 病棟部 病棟医長 |
昭和62年4月 | 国立がんセンター病院 外来部 泌尿器科医長併任 |
昭和62年6月 | 国立がんセンター病院 手術部長 |
平成 元年4月 | 国立がんセンター病院 病棟部長 |
平成 2年4月 | 国立がんセンター病院 副院長 |
平成 4年1月 | 国立がんセンター病院 病院長 |
平成 4年7月 | 国立がんセンター中央病院 病院長 |
平成 14年4月 | 国立がんセンター総長 |
平成 19年3月 | 財団法人 日本対がん協会会長 |
平成 19年4月 | 国立がんセンター名誉総長 |
演題:
がん検診のすすめ
医療法人社団葵会 広島平和クリニック・学術理事
廣川 裕 先生
がんによる死亡者数は、1981 年以来、日本人の死因の第1 位であるとともに、いまなおその数は増加しています。2006 年には全死亡者108 万人中33 万人近くに達しており、高齢化が進むにつれてさらに増加することが予想されます。
がんの診断、治療法は急速に進歩しています。初期のうちに見つければ、治る確率は飛躍的に上がり、完全に治すことも可能です。だからこそ、早い段階で発見するために、定期的な検診を受けることが大切なのです。
1.がん検診の受診率が低い
がんによる死亡者数が多くても、がん検診の受診率はまだまだ低いというのが現状です。日本では、壮年女性の死亡原因のトップは乳がんですが、その検診受診率は20%弱と、欧米の3 分の1 以下の水準です。また、壮年男性では肺がんが死因の1位ですが、こちらも受診率はわずか17%程度です。
がんによる死亡者数の急増という深刻な事態に対応するため、2007 年4 月「がん対策基本法」が施行されました。それに基づいて国がつくった「がん対策推進基本計画」は「がん検診の受診率を5年以内に50%以上にする」という目標を掲げています。
2.早く見つけて完全に治すための検診
がんは知らないうちに発生し、一定の大きさにならないと症状が現れません。自覚症状が出たときには、かなり進行している可能性があります。がんの種類にもよりますが、2cm以上の大きさになると急激に大きくなり、危険が増すといわれています。
がんを早く見つけ、早期に治療ができれば、治る確率は飛躍的に上がり、完全に治すことも可能です。その他に、手術も簡単にすむ、放射線治療、薬剤治療など治療期間が短くてすむ、入院日数が短くてすむ、入院日数が短ければ、経済的負担も少なくてすむ、治療後の日常生活にも影響が少なくてすむ、家族への負担も少なく、職場への復帰も早くできるなどのメリットがあります。
検診が本当に役にたつのかどうかは、最終的には「死亡率減少に効果があるかどうか」という尺度で判断します。厚生労働省は、内外の研究から確実にそうした効果があると認められるものをがん検診に取り入れています。それが5つの検診項目です。胃がん、子宮がん、肺がん、乳がん、大腸がんで、いずれも日本人がかかる確率の高い部位です。がん検診は、お勤めの方は職場で、それ以外の方は各市区町村が実施するものを受けられます。
本講演を聞いていただき、自分はもちろん家族のためにも、がん検診を適切に受けられることを、おすすめします。
ひろかわ ゆたか
廣川 裕 先生
ご略歴
昭和27年 | 広島県呉市生まれ |
昭和52年 | 広島大学医学部医学科卒業 |
昭和56年 | 広島大学医学部附属病院 助手 |
昭和57年 | 筑波大学粒子線医科学センター |
昭和62年 | 広島大学医学部放射線医学 講師 |
昭和63年 | 米国コロンビア大学 客員講師 |
平成4年 | 広島大学医学部 助教授 |
平成16年 | 順天堂大学医学部放射線医学 教授 |
平成18年 | 医療法人社団葵会広島平和クリニック 学術理事 |
演題:
がんになったら「緩和ケア」
広島県緩和ケア支援センター長
本家 好文 先生
がんによる痛みを取り除く治療や、心のケアなど行う「緩和ケア」は、死を覚悟した人だけのものではないことをご存知でしょうか。
検診を受けて早期のがんが偶然見つかる場合もありますが、多くの場合、不快な症状があったり体調が悪いと感じて、初めて医療機関を受診する人が多いのではないかと思います。
検査の結果、「がん」であることが分かると、「まさか自分が」「どうして自分が」「これから、どうすれば良いのだろうか」と悩まれることでしょう。そうした気持ちの不安や具体的な相談に対しても「緩和ケア」は乗り越えるための方法を一緒に考えて行きます。
また、がんと初めて分かった段階でも、すでにがん性疼痛(痛み)が強くて、医療用麻薬を使った痛みの治療が必要な患者さんが約2割あると言われています。痛みは決して末期になってあらわれる症状ではありません。必要に応じて、早い段階から適切に痛みの治療を実施することが重要ですし、そのためには患者さんたちは痛みを我慢しないで、医療者に伝えることが大切です。
がんになると、身体の問題だけでなく、心の問題、経済的な問題など、たくさんの問題が起こってきます。こうした問題を少しでも解決して、闘病や日常生活が過ごせるように手助けするのが、「緩和ケア」です。「緩和ケア」は、決して末期状態のがん患者さんを収容する施設のことを言うのではありません。がんを治すための治療と緩和ケアは同時に受けることができるのです。がんに伴う苦痛には、心の問題や家族の負担など幅広い問題も抱えています。こうした苦しみに向き合う緩和ケアは、がんと共に生きていくために必要な処方箋と言えます。
こうした「緩和ケアの推進」は、平成19年4月から施行されている「がん対策基本法」にも盛り込まれました。また平成20年3月に策定された「広島県がん対策推進計画」のなかにも重点的に取り組むべき課題としてあげられています。さらに、これからがん診療を担う医師約10万人に緩和ケアの研修を行うという壮大な事業も始まろうとしています。まさに国をあげてのがんとの闘いが本格的に始まりました。
今回の県民公開講座が、誤解の多い「緩和ケア」について、県民の皆様に少しでも正しく知っていただく機会になればと思います。
ほんけ よしふみ
本家 好文 先生
ご略歴
昭和24年 | 広島市生まれ |
昭和50年 | 広島大学医学部卒業 |
昭和51年 | 広島赤十字・原爆病院放射線科勤務 |
昭和53年 | 放射線医学総合研究所病院部 |
昭和55年 | 広島大学医学部付属病院 |
昭和60年 | 厚生連広島総合病院 |
平成 元年 | 広島大学より医学博士号を授与 |
平成8年 | St.Peter College(Oxford)で緩和ケア研修 |
平成12年 | 国立呉病院緩和ケア科 |
平成15年 | 県立広島病院緩和ケア科 |
平成16年 | 広島県緩和ケア支援センター長 |
平成5年より「緩和ケアを考える会・広島」の会長として緩和ケアの活動に取り組みはじめていたが、平成11年までは放射線治療医としてがん治療に従事。国立呉病院緩和ケア病棟の立ち上げ時から、緩和ケアを専門とするようになる。
日本緩和医療学会(常任理事)、日本ホスピス・緩和ケア協会(理事)日本死の臨床研究会(世話人)、広島県緩和ケア病棟連絡協議会(代表)、広島がん疼痛治療研究会(代表)、広島県緩和ケア推進協議会(委員長)などを務める。